提灯が降りる前に | 虎ノ門のラーメン屋台「幸っちゃん」の43年

小銭を握りしめて通った街の駄菓子屋、ラッパの音を頼りに駆け寄った豆腐屋。古き良き昭和文化が時代とともに鳴りを潜めていく中、いま風前の灯火と言われているのが昔懐かしいリヤカーを引いたラーメン屋台です。

平成生まれの方にはあまり馴染みがないかもしれませんが、昭和を生きたビジネスマンにとっては仕事帰りやシメの一杯など、いきつけのラーメン屋台に特別な思い入れがあるという方も多いのではないでしょうか。

一昔前までは街中でも普通に見かけたリヤカーのラーメン屋台もここ十数年で激減。その理由は「営業者は一代限り」という規制や、東京オリンピックに向けた政策、保健所の食品営業許可に加え警察への道路専有許可など条件面の厳格化。とりわけ、設備の充実していないリヤカー屋台の新規出店はほぼ難しい状況という背景があります。

そこでトシン部では消えゆく東京のラーメン屋台を街の背景として残したいという企画の元、港区虎ノ門を訪問。虎ノ門ヒルズをはじめとする超高層タワー建設など都内有数の開発エリアの一角で深夜、ひっそりと佇むリヤカーラーメン屋台「幸っちゃん」を取材しました。

幸っちゃんのラーメン
幸っちゃんのラーメンは鶏ベースのあっさり醤油スープ、ちじれた中細麺に具はネギ、メンマ、のり、ナルト、チャーシューという王道の東京ラーメン。塩分や脂が控えめな分、出汁がきいているので夜中でもスルスルと食べられてしまいます

生活苦から飛びついた屋台の世界

──「幸っちゃん」は虎ノ門で43年ほど営業されているとのことですが、開業当時の様子について教えてもらえますか?

昭和50年くらいだったかな。当時は屋台なんていっぱいあったからリヤカー引きながらこの辺りを流しててさ。オーボエっていう笛の先をサンドペーパーで削って良い音が鳴るようにしてお客さん呼び込んでたよ。でも75にもなると体がきつくてよ、ここ数年はもう決まった場所にリヤカー下ろしてやるようになったよ。今はもうラーメン屋台なんて見かけないしな。

──たしかにラーメン屋台は珍しい存在になりましたよね。そもそもなぜ、屋台のラーメン屋をはじめようと思ったんですか?

生活が苦しくてね。当時トラックの運転手やってたんだけど事故とか危ないじゃない。子どもも産まれたし人を轢く前にやめようと思ったのよ。それでたまたまある日、浅草のラーメン屋台に入ったら「リヤカー屋台貸します、未経験でも稼げます」って貼り紙があったの。それで飛びついたって感じだな。

生活苦から飛びついた屋台の世界

戦争帰りの先輩から学んだ秘伝の味

──昔は屋台のフランチャイズみたいなシステムがあったんですね。

そういうもんになるのかな。屋台をタダで貸してくれて、すぐに営業できるっていうやつ。当時はそういうの多かったんだよ。すぐ稼げるっていうから金のないやつはやる人が多かったんじゃないかな。自由気ままな仕事だしさ。

──なるほど、たしかに昔は屋台ってたくさんありましたもんね。ちなみに肝心のラーメンづくりはどこで教わったんですか?

最初はリヤカー引いてる先輩につくんだよ。研修みたいなもんかな。先輩は満州から戦争で帰ってきた人でさ。無愛想で何も教えてくれないんだけど、向こうで料理番やってただけあってラーメンは今まで食べたことないくらい美味くてね。だから味を盗んでやろうと思って、研修終わっても頼み込んで買い出しを手伝わせてもらったのよ。そこから自分で屋台引いて味を突き詰めていったんだよ。

戦争帰りの先輩から学んだ秘伝の味

屋台から垣間見えた時代背景「おやじ、釣りはいらねえよ!」

──なぜ最初から新橋や銀座などの繁華街ではなくオフィス街の虎ノ門に来たんですか?

そりゃ最初は新橋、銀座の方に行ったんだけど。俺がはじめた頃は、そこらじゅうに屋台があったからさ。入れる場所がなくてね。売れそうなところ探して流れ着いたのが虎ノ門だったのよ。

──なるほど、昔は入れる場所がないほど屋台がひしめき合ってたんですね。43年もやってると色々な方が来ると思うんですけど、やっぱりお客さんを通じて時代背景が垣間見えたりするもんですか?

そうだねぇ、虎ノ門はそんなに変わらないけどもバブル時代の銀座はやっぱり派手だったな。卵一個だけ食って1万円置いてったりとか。何かと「おやじ、釣りはいらねえよ!」ってね。バブルなんて俺の商売には全然関係ないんだけどさ、羽振りの良さそうな人はたくさんいたよな。

屋台から垣間見えた時代背景「おやじ、釣りはいらねえよ!」

俺のことを覚えててくれる人がいる

──景気の良い時代もあった中、ラーメン屋台はもう片手で数えられるくらいしか残っていませんが、なぜ43年も続けて来れたんですか?

別に儲かる商売じゃないからな。今はコンビニのラーメンも美味いしさ。規制みたいなのもあってどんどん無くなってったからうちが残ったんじゃないかな。あとは常連さんだよな。うちみたいな商売は常連さんで成り立ってるから。もしこれから人が減ってきたら、それは俺の味が衰えたってことだと思うよ。

──たしかに競合はほとんどありませんよね。ちなみに「幸っちゃん」の常連さんはどんな方が来られるんですか?

この辺に勤めてる会社帰りの人とか、住んでる人とかさ。「おやじ、また来たよ!」ってね。この間なんて「住んでるところが買い上げになっちゃったから、最後にあいさつに」って小さいお嬢ちゃんと家族で食べに来てくれてさ。あとは「今日で定年退職なんです」って人がいたり。そういうのは嬉しいよな。

──人の人生に関わってるというか、そういう屋台を通じた人間関係ってこの仕事の醍醐味だったりしますよね?

そりゃそうだよ。美味いって感想も嬉しいけど、俺のこと覚えててくれる人がいると「この街の一部になれたんだな」って市民権を得られた感じがするっていうかな。人様に誇れる仕事じゃねえけど、認められたような気がして嬉しいよ。

俺のことを覚えててくれる人がいる

幸っちゃんの営業日と営業時間

──「幸っちゃん」のラーメンはいつ来れば食べれるんですか??

平日だな。店は夜8時半から虎ノ門で1時半まで。そのあと銀座で2時から5時半までやるんだ。飲んだ後に来る人とか、クラブのお姉ちゃんとか。朝方は料理屋の一番弟子とか。銀座は夜中から朝方まで色んな人が出入りしてる街だからよ。

──結構な時間まで営業してるんですね。そのあとは帰って寝て、仕込みしてまたすぐに営業ですよね?

だいたい5時半くらいに火を落として、家に着いて寝るのは9時くらいか。昼間は仕込みをしなきゃいけないから睡眠時間が少ないのはこの年になるとキツイよな。でも最近は雨の日が降ったら休んじゃうから、月の半分くらいしか営業してないけどな。昔は虎ノ門にもパチンコ屋さんが二軒あって土日も人がたくさんいたから土曜までやってたんだけど、もう今は平日だけだよ。

幸っちゃんの営業日と営業時間

一つのこと続けてると自分にしかわからない幸せみたいなものがあるんだよ

──雨の日が休みとはいえ、なかなかハードなスケジュールですよね。ちなみにこのリヤカー屋台は創業時から使ってるものですか?

いやいや、これでもう8台目。最初は大八車っていう木のタイヤでさ、油差しながら引いたもんだよ。それから壊れちゃ直してきたんだけど、今は屋台のリヤカー直すなんていう儲からない商売するやつもいなくなったからさ。全部自分で直してるよ。このリヤカーも屋根と引き出し以外は自分で作ったやつよ。

──たしかにリヤカーの屋台を製造している会社ってほとんど無さそうですね。屋台の修理は見たところ難しそうですけど、自分で修理出来ちゃうんですか?

できないけどさ。お客さんが待ってんだ!って思ったらやるしかないだろ。やってみればなんとなるもんだよ。大事に使って自分で直したら愛着も湧くしな。

──そういう背景も含めてラーメン屋台って魅力的ですよね。最後に、大将はいつまでこの仕事を続けたいですか?

動けなくなるまでだな。ず〜っと一つのことを続けてると自分にしかわからない幸せみたいなものがあるんだよ。大した仕事じゃねえかもしれねえが、それは俺の財産だからさ。だから味が衰えないように仕込みして、リヤカー引いて火を入れて、この場所でお客さんが来るのを待つんだよ。

一つのこと続けてると自分にしかわからない幸せみたいなものがあるんだよ

取材を終えて

「さあ、いらっしゃい!」元気よく手を叩き、交差点で信号待ちをしている人に呼びかける大将の声は、観光地の土産物屋でよくある呼び込みのソレとは異なり、どこか温かく、人情味に溢れていました。当日は真冬の深夜だったため、取材終わりに冷めた体を温めようとラーメンを注文すると「記事にしてくれんのはありがたいけどさ、また食べに来てくれよな。その方がずっと嬉しいよ」と大将。私が「記事見せがてらまた来ますね」と答えると「小さい字は見えねえよ!」と言われてしまったので、次行く時は大きな紙に印刷してから持って行こうと思います。

時代とともに人も街も生活も変わり、美味しいラーメン屋さんを片手で探せるようになりました。虎ノ門という土地もこれから国際的なビジネス街へと変わりゆく中、ラーメン屋台「幸っちゃん」にフラッと立ち寄り昭和の風情を味わってみるというのも一興ではないでしょうか?いつか提灯が降りる前に。

店名の「幸っちゃん」は娘さんの名前だそうです
店名の「幸っちゃん」は娘さんの名前だそうです

文 / 写真 佐藤 章太

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佐藤 章太

佐藤 章太

1982年、東京都生まれ。コンテンツ制作やオウンドメディアの編集を主業とするマーケティング系ライター&ディレクター。ノスタルジックな場所巡りという趣味を兼ねて、トシン部では企画記事を担当。

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